なんで死ぬのが怖いんだろう


人間含む、全ての生きとし生ける者が
生まれた瞬間に「死」という病気のキャリアーだと考えることができます。
生まれた瞬間から死ぬことは約束されていて、
それが発症するのを遅らせることはできても
完治することは絶対に不可能な不治の病。


生き物は、いつか必ず死ぬ。


なんで死ぬのが怖いんだろう、ということを
まじめに考えてみると、色んなことに気付きます。


まずよく言われているのが
「どうなるのかぜんぜん分からないから」
です。
良くなるのか、悪くなるのか。
ぜーんぜん、分からない。
経験者もいないし、ヒントも全くない。
どうがんばっても調べようが無い。


だから怖い。
死にたくない。
となります。


なりますか?
なんだか、決定的であるような、ないような気がします。
怖いです。分からないから怖い。
でも「怖いからやりたくない」という人ばかりではないでしょう。


人間は、物を考えます。
あれこれ想像します。
明日があるし、明日のために今日がある。
昨日があったから今日がある。
こんなこと、人間しか考えません。


虫は考えないと思います。
なのに、人間と同じように死ぬのを嫌がる。
一体なんででしょうか?
彼らに「恐怖」を感じる心があるとは思えないのですが。


「心」の仕組みや次元が違うだけで、虫たちにも
人間と変わらない複雑さを持った思念が働いている可能性があるとしても
「死」というものに対して共通の価値観を持っているのは確かです。


さて、「死ぬのは怖くない。でも痛い・苦しいのはイヤだ」という意見があります。
これも多くの人が持っている意見です。
ラクに死ねるなら、死ぬのも悪くない」と思っている人はたくさんいます。


睡眠薬で自殺?これは「眠ってるうちに死ぬ」んじゃなくて
「とても苦しい呼吸困難」
これは近年、有名な話ですね。でもちょっと前までは誤解されていた。


安楽死?本当に本人の心が平安あるいは無の状態で死ぬのか保証はありません。
周りから見て「おだやかに死んでいく」だけであって
本人にとっては地獄の苦しみかもしれない。
体・脳の動きとしてアウトプットされないだけかもしれない。


昔に流行った「完全自殺マニュアル」では
「首吊り」が一番ラクだとされていましたが
首吊って「実際に死んだことのある人」が言ってるわけじゃない。
だからやっぱり信憑性は無い。


確実にラクに死ねる方法なんてないかもしれない。


少し話がそれますが、
人間はなぜ「痛み」や「苦しみ」を感じるのでしょうか。
それは「痛み」や「苦しみ」で「死の危険」を知らせるためだと言われます。
そういった心のプログラム(本能)が全ての生き物に組み込まれているのです。
痛いから手当てをしなくちゃならない。
熱いから触っちゃいけない。


病気で苦しいから薬を飲まなくちゃいけない。


。。。少しおかしいですね。


苦しいから薬を飲む。これは人間以外にはできない行為です。
犬や猫も病気にかかれば苦しいし
虫にだって病気はあります。
薬を飲んで治すことはできません。
「どうしようもないのに苦しい」
じゃあ、病気で苦しいのはなぜでしょうか?


苦しい病気はうつる
苦しんでいる者には近づかない
こんな意地悪なプログラムも組み込まれているのでしょうか?
野生の生き物にとって、これ以外の対処方法はないと思います。
あとはせいぜい大人しくするくらい。


ここまで考えてみると、何者かの
「生者を死の世界に寄せ付けたくない」という意図を感じます。
そこまでして、生きるものが死にたくないのはなんでだろう?
地球の食物連鎖を守るため?
そこに意味はあるのでしょうか?
天から眺めた時、そこには
僕らがテレビゲームをするくらいの意味しかないんではないでしょうか?


神が存在するとはっきり思えるようになった僕は
ちょっとした病気かもしれない。
これがいわゆる「遅れてきた中二病」ってやつですかね!