指 〜Second Impact〜


鯖夫の最近の悩みは、
「薬指と中指を閉じたままで
 小指の先と人指し指の先をくっつけることが出来ない」
ということであった。


鯖夫は身体の「不可能」に気づくのが嫌であった。


昨日、彼は自分の脳みそに触れることができないということに気付き
息苦しいような、生臭いような気分を2時間ほど強いられてしまった。
ある芸能人が脳手術の際、自分の手が自由に動くことを良いことに
試しに脳みそに触ったところ、とんでもなく気分が悪くなった、という
記事を読んだからだ。
真偽のほどは定かではない。が、少なくとも
鯖夫にとって一生不可能であることは間違いない。
それがたまらなく嫌であった。


ある時、彼は「内臓がかゆい」という現象がどういった感触なのか
想像しようとして2時間、無駄にしてしまった。
ほうぼう調べたのだが、該当する経験談も見付けられず
また、もし彼の内臓がかゆくなってしまった際に
彼にはかゆい内臓をかくことが出来ないのである。
かゆい脳みそをかくことができないのである。


彼にとって、いや多くの人間にとってこれはあまりに無駄な心配であった。
しかし気付いてしまった者にとってこれほど対処の無い、準備も知識も
用意できない困難があるだろうか。


鯖夫は身体の「不可能」に気づくのが嫌であった。
しかし例えば
100メートルを9秒台で走るとか、
垂直跳びで80センチとか、
そういった身体の不可能には抵抗はなかった。
彼にとって、それもまた不思議であった。
努力すればもしかしたら出来るのかもしれない、そういった可能性が
彼に安心感を与えているのだ。


今日、目が覚めてまた内臓のことを考えてしまいそうになった。
考えるのを必死で止めようとした。それは案外、簡単であった。
今度は小指と人指し指がくっつかないことを思い出してしまった。
2分ほど努力したが、彼は何かに気付いてそれをやめた。


無駄なことを考えるのを意図的に止める能力が彼にはあった。
止めようとすれば簡単に止まるのが唯一の救いであった。
その能力のおかげで、彼は幸せな人であった。


指 〜Second Impact〜 終わり